人生のひろいもの、あれこれ

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ジュエリーではなく道具「腕時計」

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 洋服や靴は好きだけれど、時計やジュエリーの類には全く興味がない。特に腕時計は私にとっては道具に過ぎなくて、ソーラーで動いて電波で時間を合わせてくれて、デザインがそこそこにおしゃれなら、もうそれで満足だ。20年ちかく地元の会社に勤めていて通勤電車に乗ることがなかったから、時計を持つ必要もなかった。持っていたのはカシオのBaby-Gひとつだけ。でも会社を辞めて求職活動をすることになり、さすがにスーツにBaby-Gは着けられず、アマゾンで適当なものを選んで購入した。

 国産のソーラー電波のモデル。自分の肌色にはシルバーが似合わないので、ピンクゴールドを。着けてみるとキラキラして紺のスーツになかなか映える。気分だけは上がって、意気揚々と求職活動を始めた。

 無事に仕事が決まって電車通勤が始まり、その時計を相変わらず着けていたのだけど、ある朝のこと。電車内で中年のビジネスマンが私の時計を見て、なんとも言えぬ複雑な表情をしたのだ。馬鹿にしたような、困ったような。後で偶然に知ったのだけど、私が着けていたモデルは、20代前半の女の子を想定して作られたものだったそう。しかもピンクゴールド、少女である。

「大人の女性が着けるものじゃないですよ」

 あの男性はそう言いたかったのか。

 時計は一生もの。そういう話になると女性誌では必ず「母より受け継いだロレックス」とか「結婚10年目に夫から贈られたカルティエ」とか、美しい写真を添えて記事になる。自慢なの?育ち良いですアピール。有名私大でフランス語を専攻してる人に多そう(←偏見)。本当にそういうこと、あるのかな。

 ロレックスには魅力を感じないけれど、カルティエはどのモデルもエレガントで美しい。けれど、後のメンテナンスのことを考えたら持ちたいとは絶対に思わない(買える買えないは別の話で)。普段使いができないものなら、私にとっては意味がない。タフなものに限る。時計はジュエリーじゃなくて、やっぱり道具なのだ。